神社とその周辺は、いつになく混み合っていた。
いつもは静かなそこは、年に二回このような賑わいを見せる。今日はその特別な一日だった。
境内にずらりと並ぶ屋台とその間を行き交う人。楽しげに笑う人達の中で、棗は一人焦り顔できょろきょろと辺りを見回していた。その様子から一目で同行者とはぐれたのだと分かる。
「どこ行っちゃったんだろ……」
遠くに探し人の姿を求めて歩く棗は、近くに対する注意力が散漫になっていたようで。
「きゃあ!」
どんっと背中に衝撃を感じた時には前方に向かってたたらを踏んでいた。かろうじて転ぶことは防いだものの、手に持っていたジュースがぴしゃりと跳ねて、前から歩いてきた少女の浴衣の裾を濡らした。
「あっ、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫。気にしないで」
金の髪の少女は別段気にした様子もなく歩きだそうとする。だが、棗は急いでそれを引き止めた。
「染みになったら大変だから! えっと……あ、こっち!」
「あ、ちょっと……!」
大丈夫だと主張する少女の手をぐいぐいと引っ張り、人混みを抜け出す。
休憩用に設置されたベンチに少女を座らせ、近くの水場でハンカチを濡らした棗が少女の足元にしゃがみ込む。
「大丈夫だって言ってるのに」
そう言って少し呆れたように少女がため息をつく。しかし、一生懸命に汚れを落とす棗の耳には届いていないようだ。もう一度息を吐いて賑やかな人の波に視線を移す。
「これくらいで……大丈夫かな」
ほっとした様子で棗が顔を上げたのはそんな時だった。
「……ありがと」
「お礼なんて……! 本当にごめんなさい」
「別にあなたが謝る事じゃないでしょ。あなたにぶつかった男が悪いのよ」
「そう……かな。えっと、ありがとう」
一瞬戸惑いを見せたものの、少女なりの気遣いだと気付いて棗は微笑んだ。そんな彼女に今度は少女が戸惑った。ゆっくり瞬いてくすりと笑う。
「面白いわね、あなた」
「えっ、そう?」
予想外の言葉に驚きながらも棗もすぐに笑顔を見せた。少女の隣に腰掛けると、そこでようやく互いの名前も知らないことに気付く。
「私、棗っていうの。あなたは?」
「リディア」
「リディアちゃん……。てことは、やっぱり外国の人なの?」
ここからでは明かりが遠く薄暗いが、さっき一瞬だが金の髪や銀の瞳を見ていた。リディアは少し間を置いて頷いた。
「流れる血としてはそうね。でも生まれも育ちも日本」
「そうなんだ。だから日本語上手なんだね」
流れるように紡がれる言葉には違和感はまったくない。そっか~と納得している棗を横目で見ながら、今度はリディアが口を開いた。
「あなた、ここには一人で来たの?」
「あ……」
ふと棗の笑顔がかげった。躊躇うように視線を動かし、ゆっくりと頷いた。
「……彼、と一緒だったの。はぐれちゃったんだけど」
「ふうん。携帯で連絡取ればいいのに」
「……忘れちゃって」
「うちのバカ兄と一緒ね」
えへ、と笑う棗にリディアがため息をつく。兄、という単語に棗が反応した。
「リディアちゃんお兄さんと一緒だったの?」
「双子のね。そう思えないくらい能天気で抜けた奴だけど」
「……お兄さんのこと、大好きなんだ?」
文句を言ってはいるが、大切に思っていることは言葉の端々から感じられた。
「……冗談でもやめて」
ふいっと逸らされた顔。しかし本気で嫌がってないことは明白だった。
こぼれそうになる笑みをこらえながら棗は未だに減ることのない人混みを見つめた。探し人の姿を求めるもやはり見つからない。
「早く合流できるといいわね」
「うん。多分せんせ……彼のことだからどこか分かり易い所で待っててくれてると思うんだけど……」
「……随分と面倒くさい恋愛をしてるのね」
「っ!」
容赦のないリディアの言葉に棗は唇を噛んだ。
聞き逃したふりをしてくれてもいいのに。
そう言いたげにリディアを見やるも、大きく息を吐き出しながら口を開く。
「それでも……好きだから」
堂々とデートも出来ない。友人にも話せない。今日だって偶然会ったと装えるように距離を取って歩いて、そしてはぐれた。
でも、それでも。
「大変でも面倒でもいいの。先生がすごくすごく好きだから」
そう言って笑う棗は、薄暗い中でもはっきり分かるほど綺麗だった。
少しだけ眩しそうに目を細めて、リディアはゆっくりと口を開いた。
「……鳥居の前とか」
「えっ?」
唐突すぎるリディアの言葉に棗は瞬いた。
「はぐれた人を待つなら鳥居の前じゃない?」
「あ……!」
ようやく何のことか思い至り、棗は立ち上がった。
「ありがとう! 行ってみる!」
くるりと踵を返そうとして、棗はふと動きを止めた。怪訝そうなリディアに問いかける。
「リディアちゃんは?」
彼女も兄とはぐれた筈だ。良かったら一緒に、との申し出にしかしリディアは首を横に振った。
「心当たりあるからいいの。ほら、早く行ったら?」
「そっか。分かった。じゃあね! ありがとう!」
たたたっと駆け出した棗を目で追う。人混みに紛れる寸前、振り返った彼女の口元が大きく動く。
「また……?」
――また会えたらいいね。
はっきりとは分からない。けれど確かにそう言っているように感じた。
「また、ね」
そんな偶然があれば、それは素敵なことかもしれない。
くすりと微笑んでリディアもゆっくりとその場を後にした。
END
いつもは静かなそこは、年に二回このような賑わいを見せる。今日はその特別な一日だった。
境内にずらりと並ぶ屋台とその間を行き交う人。楽しげに笑う人達の中で、棗は一人焦り顔できょろきょろと辺りを見回していた。その様子から一目で同行者とはぐれたのだと分かる。
「どこ行っちゃったんだろ……」
遠くに探し人の姿を求めて歩く棗は、近くに対する注意力が散漫になっていたようで。
「きゃあ!」
どんっと背中に衝撃を感じた時には前方に向かってたたらを踏んでいた。かろうじて転ぶことは防いだものの、手に持っていたジュースがぴしゃりと跳ねて、前から歩いてきた少女の浴衣の裾を濡らした。
「あっ、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫。気にしないで」
金の髪の少女は別段気にした様子もなく歩きだそうとする。だが、棗は急いでそれを引き止めた。
「染みになったら大変だから! えっと……あ、こっち!」
「あ、ちょっと……!」
大丈夫だと主張する少女の手をぐいぐいと引っ張り、人混みを抜け出す。
休憩用に設置されたベンチに少女を座らせ、近くの水場でハンカチを濡らした棗が少女の足元にしゃがみ込む。
「大丈夫だって言ってるのに」
そう言って少し呆れたように少女がため息をつく。しかし、一生懸命に汚れを落とす棗の耳には届いていないようだ。もう一度息を吐いて賑やかな人の波に視線を移す。
「これくらいで……大丈夫かな」
ほっとした様子で棗が顔を上げたのはそんな時だった。
「……ありがと」
「お礼なんて……! 本当にごめんなさい」
「別にあなたが謝る事じゃないでしょ。あなたにぶつかった男が悪いのよ」
「そう……かな。えっと、ありがとう」
一瞬戸惑いを見せたものの、少女なりの気遣いだと気付いて棗は微笑んだ。そんな彼女に今度は少女が戸惑った。ゆっくり瞬いてくすりと笑う。
「面白いわね、あなた」
「えっ、そう?」
予想外の言葉に驚きながらも棗もすぐに笑顔を見せた。少女の隣に腰掛けると、そこでようやく互いの名前も知らないことに気付く。
「私、棗っていうの。あなたは?」
「リディア」
「リディアちゃん……。てことは、やっぱり外国の人なの?」
ここからでは明かりが遠く薄暗いが、さっき一瞬だが金の髪や銀の瞳を見ていた。リディアは少し間を置いて頷いた。
「流れる血としてはそうね。でも生まれも育ちも日本」
「そうなんだ。だから日本語上手なんだね」
流れるように紡がれる言葉には違和感はまったくない。そっか~と納得している棗を横目で見ながら、今度はリディアが口を開いた。
「あなた、ここには一人で来たの?」
「あ……」
ふと棗の笑顔がかげった。躊躇うように視線を動かし、ゆっくりと頷いた。
「……彼、と一緒だったの。はぐれちゃったんだけど」
「ふうん。携帯で連絡取ればいいのに」
「……忘れちゃって」
「うちのバカ兄と一緒ね」
えへ、と笑う棗にリディアがため息をつく。兄、という単語に棗が反応した。
「リディアちゃんお兄さんと一緒だったの?」
「双子のね。そう思えないくらい能天気で抜けた奴だけど」
「……お兄さんのこと、大好きなんだ?」
文句を言ってはいるが、大切に思っていることは言葉の端々から感じられた。
「……冗談でもやめて」
ふいっと逸らされた顔。しかし本気で嫌がってないことは明白だった。
こぼれそうになる笑みをこらえながら棗は未だに減ることのない人混みを見つめた。探し人の姿を求めるもやはり見つからない。
「早く合流できるといいわね」
「うん。多分せんせ……彼のことだからどこか分かり易い所で待っててくれてると思うんだけど……」
「……随分と面倒くさい恋愛をしてるのね」
「っ!」
容赦のないリディアの言葉に棗は唇を噛んだ。
聞き逃したふりをしてくれてもいいのに。
そう言いたげにリディアを見やるも、大きく息を吐き出しながら口を開く。
「それでも……好きだから」
堂々とデートも出来ない。友人にも話せない。今日だって偶然会ったと装えるように距離を取って歩いて、そしてはぐれた。
でも、それでも。
「大変でも面倒でもいいの。先生がすごくすごく好きだから」
そう言って笑う棗は、薄暗い中でもはっきり分かるほど綺麗だった。
少しだけ眩しそうに目を細めて、リディアはゆっくりと口を開いた。
「……鳥居の前とか」
「えっ?」
唐突すぎるリディアの言葉に棗は瞬いた。
「はぐれた人を待つなら鳥居の前じゃない?」
「あ……!」
ようやく何のことか思い至り、棗は立ち上がった。
「ありがとう! 行ってみる!」
くるりと踵を返そうとして、棗はふと動きを止めた。怪訝そうなリディアに問いかける。
「リディアちゃんは?」
彼女も兄とはぐれた筈だ。良かったら一緒に、との申し出にしかしリディアは首を横に振った。
「心当たりあるからいいの。ほら、早く行ったら?」
「そっか。分かった。じゃあね! ありがとう!」
たたたっと駆け出した棗を目で追う。人混みに紛れる寸前、振り返った彼女の口元が大きく動く。
「また……?」
――また会えたらいいね。
はっきりとは分からない。けれど確かにそう言っているように感じた。
「また、ね」
そんな偶然があれば、それは素敵なことかもしれない。
くすりと微笑んでリディアもゆっくりとその場を後にした。
END
あとがき
和泉 様から頂きました!
和泉 様とのコラボ、との事で和泉 様宅のリディアちゃんと我が家の棗のお話です!
リディアちゃんのツンデレっぷりにキュンキュンさせて頂きました、本当可愛いなぁ…!
和泉 様、今回は本当に有り難う御座いました!
2011.08.14 / 春日 輝